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オールド・ブラック・フォスター
アラバマ・ジョーは妹からの手紙を胸ポケットに押し込むと、愛用のバンジョーをひっつかみ、着の身着のまま、駅馬車に飛び乗った。1833年、夏の盛りのことである。

ニューオーリンズで流行り始めた得体の知れない疫病のことは、風の噂で聞きかじっており、多少、胸のざわつく思いに駆られてはいたものの、まさか自分の身内にまで、その粘っこい触手が届こうなどとは、夢にも思っていなかった。手紙は、ハッチソンの危篤を知らせるものだった。この頑強な蹄鉄打ちは、ジョーの長年の親友であり、なおかつ、最愛の妹スザンナの夫でもあった。

ジョーとスザンナは、幼くして両親と死に別れ、ペンキ屋を営む叔父の家に引き取られた。ナポレオンが手放したばかりのルイジアナには、東海岸からの入植者が引きも切らず、家屋や商店が雨後の筍のように増えていった。叔父の店は繁盛し、ふたりは綿にくるまれた宝石のように育った。ジョーは音楽が得意だった。スザンナは兄の弾くバンジョーが好きだった。彼女はバンジョーに「ゲップ」という名を付けた。フランス語で「すずめばち」の意味である。

成人したジョーはアラバマで楽士の職を得、スザンナは幼なじみのハッチソンと一緒になった。結婚式でジョーとゲップは「ペンキ屋の娘」という馬鹿げたコントを奏で、新郎の背中に縋り付いたスザンナは笑いのあまり涙を流し、その後、本気で泣いた。

ニューオーリンズまでの旅程は、いつもに増して、厳しいものだった。一晩中降っちゃ、翌日はぎんぎらだ、とジョーは歌っている。死にそうなほどの凍てつきの最中にも、しかし、ジョーは不平ひとつ漏らさず、明るく歌って憂さを晴らした。ハッチソンは勿論、妹の心労を思い、せめて音だけでも届けとばかり、膝のバンジョーを掻き鳴らした。泣くんじゃない、とジョーは歌っている。もうすぐ俺がゲップと一緒にルイジアナに着くから、泣くんじゃないよ、と。

ミシシッピ下流は酷いことになっていた。コレラはこの河に沿って南進し、最果ての街ニューオーリンズを暫しの滞留地に選んだのだ。これにマラリアが重なり、この1年に1万人が死んでいた。

ペンキ屋の叔父は西に非難していた。ハッチソンはひと月前に身罷っていた。スザンナの行方は知れなかった。ジョーはバンジョーを鳴らしながら荒廃した街をさまよった。どこも、ひどい臭いがした。フレンチクオーターを歩いているとき、弦が1本切れ、ジョーはぞっとした。他の南部人同様、迷信深いたちだったのだ。おお、スザンナ、とジョーは歌った。お前に会えなけりゃ、俺をここに埋めてもらうぜ。コレラの街で、俺ぁそのまま土んなる。

しかし、スザンナの姿を見た、という黒人人足の話を聞き、ジョーは立ち上がった。マラリアにかかった叔父を支え、ペンキの缶を馬車に積み込んでいた、という。西へ向かうのだ。ゲップも四弦のテナー・バンジョーとして生まれ変わった。メキシコからの独立を巡りきな臭いテキサスを避け、ジョーとゲップは北東を目指した。

荒野でひとり眠るとき、ジョーはしばしば、風を受けたゲップがひとりでに「おお、スザンナ」を奏でるのを聞いた。ピューマもコヨーテも、寄り付かなかった。オレゴン入植者の幌馬車が砂塵を蹴立てて通り過ぎた。彼らの野営地でジョーは路銀を稼いだ。そして10年近く、広大なルイジアナの地を転々と、妹の頼りを訊ね回った。それらしい噂を聞くたび足を伸ばしたが、期待はいつも、サボテンの花のように萎んだ。ある朝起きると、ゲップのボディに貼られた鼓皮が見事に破れていた。ジョーには、どこか見知らぬ土地で、スザンナが亡くなったことが分かった。

40過ぎにして世捨て人のようになったジョーを拾ったのは、さらに西を目指すネイティブ・アメリカンの隊列だった。強制移住法によって、多くの部族が、ミシシッピ以西に流れ込んでいた。

「そのバンジョー、壊れてるじゃないか。貸してみな」

部族の料理番は、鮮やかな手つきでゲップの皮を張り替えた。見やりながら、ジョーは訊ねた。「それ、まさか白人の頭・・・」
「違うよ、狸さ」料理番は笑って答えた。「俺たちはチェロキーだぜ。あんたたちといちばんうまくやってた文明人だ。戦ったのも、法廷だけさ。それで、負けた。だから、こっち来たんだ」

狸皮を張られたゲップは、以前にも増して明るい音色がした。ただ余韻に、かすかに泣き声のようなものが混じっていた。その音を聞くうち、ふとジョーは、馬鹿げたことだが、この狸はスザンナかもしんねえ、と思うようになった。ジョーは髭を剃った。これ以上、妹に情けねえ姿見せられねえ。ジョーは長老に礼を言い、買い上げられたばかりの新天地カリフォルニアを目指した。泣くのじゃない、とジョーは歌った。自分に語り聞かせるように、目いっぱい明るく。

シェラネバダの麓で人形劇団に加わって3年目に、大騒ぎが起きた。近所の農園の用水路で砂金が採れる、というのだ。最初は半信半疑だった村人も、農園主が頑なに立ち入りを禁ずるのを見て、何かある、と睨んだ。大統領が金鉱発見を好評するや、この年の末尾をとってフォーティナイナーズと呼ばれる8万人の山師が、世界中から集まった。村は無法地帯と化し、農園主の息子は殺された。

ジョーは無関心だった。バンジョーが弾ければそれでよかった。

ところが酔った誰かが割れた酒瓶を投げつけ、狸皮の表面に小さな傷を入れた。補修しなければならない。馬車の幌を切り取れば、なんとか丈夫に繋がるだろう。深夜にごみ捨て場に行くと、先客がいた。小柄な男で、気弱げで、ドイツ訛りの英語を話す。服屋の弟に、なんでもいいから布地集めてこい穀潰し、と詰られ、幌を取りに来たのだという。ゲップの傷を見ると、さすが服屋の兄だけあって、切れ目などなかったかのように器用に縫い付けてくれた。

「おおきに。俺、アラマバ・ジョー」
「あたしゃ、バイエルンから来た。リーバイ・ストラウス、でさ」

ジョーはリーバイの作った幌ズボンの最初の試着者となった。またゲップも、たびたびリーバイの修繕を受け、その後、ボディの横には飾りリベットが埋め込まれた。

ちょうどそのころ、太平洋を渡った蒸気船ミシシッピ号にうまうまと密航したコレラ菌は、列島を西から東へ横断した。首都では4万人の死者を数えた。長きに亘る鎖国が解かれたその国から、カリフォルニアに旅立った使節団のなかにも、ジョーと同じような境遇の者が数知れずいた。しかし、妻の、親の、兄弟の死を悼む暇は許されなかった。通商条約の締結という急務が課せられていた。

使節団がサンフランシスコに入港したのは、2月のことだった。地元の鼓笛隊が彼らを出迎えた。耳慣れない楽器の音に、小国の一行は大いに戸惑い、タラップで立ちすくんだ。そのときである。

行進曲の整然としたリズムを突き破るように、鼓笛隊の後ろの方で、調子外れの音色が響き渡った。それは明らかに、周囲とは違う曲を演奏しているのだった。鼓笛隊は行進の足を止めた。みすぼらしい男がひとり隊列から弾き出され、小突かれながら膝をついた。

バンジョーのゲップは、ネックが折れ、そのまま小太鼓に流用されていた。人数あわせのために集められたジョーは、触れもしないのに、弦すらないのに、勝手に「おお、スザンナ」を奏でるゲップを、まじまじと眺めた。明るい演奏だった。ゲップは東洋の使節団に語りかけているようだった。泣くのじゃない、と。

使節団の長、勝海舟は呟いた。「陽気だが、どこか悲しい音だな」
「ほんのこつ」名も知れない書記が深く頷いた。

ジョーとゲップのその後は、杳として知れない。

翌年、南北戦争が勃発し、3年後に、作曲家スティーブン・フォスターが没した。さらにその翌年、南北戦争が終結すると、リンカーンが死んだ。

─いしいしんじ「オールド・ブラック・フォスター」(短編集 『白の鳥と黒の鳥』 所収)より

●この話はフィクションです。
| schazzie | [情]New Orleans | 00:16 | comments(0) | trackbacks(0) |
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