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小泉八雲が住んでいた建物(2)
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ラフカディオ・ハーン Lafcadio Hearn (小泉八雲)
ニューオーリンズ滞在中はほとんどバーボン通り516に住んでいた。当初はこの街にすっかり魅了されたハーンだったが、次第にそのユニークさが消えていくのを嘆き、その後、ご存知のとおり、日本に向かって旅立った。そしてそこで彼はもう一度「地元の人間」となり、そしてエキゾチックな文化に恋をし、また幻滅も味わったのである。


1920年代には、作家シャーウッド・アンダソンもニューオーリンズに住んでいた。彼は、フレンチクオーターを「南部のグリニッジビレッジ」と名付けた。ニューオーリンズの官能性は、他にも多くの有名作家を引き付けた。ゾラ・ヒューストン、トルーマン・カポーティ、テネシー・ウィリアムズ、ウィリアム・フォークナーなど代表的なアメリカ作家が名を連ねる。


トルーマン・カポーティ Truman Capote
ニューオーリンズに生まれたが、幼い頃両親が離婚したため、ルイジアナ、ミシシッピ、アラバマなど、親戚の家を転々とした。その後ニューオーリンズに戻って、フレンチクオーターのロイヤル通り711に住み、原稿を執筆したり、観光客のためにスケッチを描いたりした。そして1948年、圧倒的な成功を収めた 『遠い声 遠い部屋』 が刊行されることとなる。

─(ジェームス・M・バーダマン『わが心のディープサウス』より)
| schazzie | [写]New Orleans | 01:36 | comments(0) | trackbacks(1) |
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プルーストの部屋〈下〉―『失われた時を求
I'd want to come back a buzzard: ...・ウィリアム・フォークナー・ウィリアム・フォークナー『アブサロム、アブサロム!
| ちさとのblog | 2007/10/05 4:26 PM |
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アメリカ南部―大国の内なる異郷
アメリカ南部―大国の内なる異郷 (JUGEMレビュー »)
ジェームス・M. バーダマン, James M. Vardaman, 森本 豊富
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ジェームス・M・バーダマン, スティーブ・ガードナー, 森本 豊富

※ブログ内の記事の一部は、上記の本のほか、講談社刊『クロニック世界全史』、地球の歩き方『アメリカ』を参考・引用させていただいています。




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