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帰国
<第七日目>

11:25 お迎え
13:15 空港でチェックイン
14:15 離陸(NW0027)

いよいよ帰国の日。
だいたい海外旅行の最終日は、明け方出発というのが多いが、今回はお昼近くの出発だったので、のんびりできてよかった。荷物も、昨日疲れ果てたので、朝になってから詰めることができたし、アポロ13号は、ホテルのレストランでいつもの朝食を食べることができた。この朝食、彼は結構気にいっていたようで、毎朝同じレストランで、同じ「アメリカン・ブレックファースト」を食べていたらしい。私も1日だけつきあったけれど、結局アメリカはこんなものなのよね。卵2個をお好みで、ハム(またはベーコンかソーセージ)にハッシュドポテトとトースト。これはこれで可もなく不可もなくといったところ。

今日も快晴で、寒かったのが嘘のように暑い。寒いかと思って、例のFBIのパーカーを着込んでいたのだが、とんでもなく暑くなって、結局脱ぐことに。

私は朝食を食べていなかったので、空港でホットドッグ(ワンパターンだが)を食べる。やっぱりアメリカはホットドッグよ!でも、オニイサンがベッカム顔だった分、モントレーのホットドッグのほうがおいしかったかな?

DFSでおみやげを買っていたら、ラスベガスで見たGUCCIのバッグがあり、しかもラスベガスより$100も安かった。なんか$100も安いと、すごく安いものだという勘違いでもしちゃったのか、アポロ13号がそのバッグを買ってくれるという。ブランド品にはあまり興味はないけれど、それはちょっといいなと思っていたバッグだったので、勘違いは訂正せずに、有難く買ってもらうことにした。飛行機が落ちないといいけど。。。

ところで、国内線であれだけ厳しいチェックがあったのに、出国するときは気が抜けるくらいに安易なチェックしかしない。自分の国さえ安全ならいいってわけね。アメリカらしいよ。私はフィッシャーマンズ・ワーフで買ったオサマ・ビン・ラディンのホットソースを飲めと言われるんじゃないかとビクビクしていたのに、全然拍子抜けだった。

離陸直後に窓から見えたのは、やっぱりゴールデンゲート・ブリッジで、「I Left My Heart in SanFrancisco・・・♪」なんて、ちょっと感傷的になっていたのに、それもほんの一瞬のことだった。

乗った飛行機は、成田のあと台北に行く飛行機だったため、中国人が多かった。どこでも大声でしゃべる中国人にまわりを囲まれ、悲惨な状態だったことは言うまでもない。前の座席は日本人だったが、旅先で仲良くなったらしい小学生くらいの男の子二人(ぎゃー!)がそこまでやってきて、これまた大騒ぎだったから(いい大人がいい加減にしなさいっての!)、耳栓をしても騒音が聞こえて、頭痛はするし、気分は悪いしでうんざりだった。

期待(?)の機内食は以下のとおり。

●夕食
Rotisserie Chicken with Roasted Potatoes and Green Beans
バーベキューチキン、ポテト、さやいんげん添え

●軽食(Mid-Flight Snack)
アイスクリーム

●朝食
Scrambled Eggs with Sausage and Potatoes Served with Fresh Fruit,

Pound Cake, Orange Juice
スクランブルエッグ、ソーセージ、ポテト添え
フルーツ、パウンドケーキ、オレンジジュースつき

観た映画は「The Rookie」と「Ice Age」。
「Ice Age」は、いかにも!という感じでつまらなかった。飛行機で寝れない私でも、ウトウトできたくらい。(^^;

結局、一瞬も騒音が絶えることなく成田に到着。ほとほと疲れ果てた。外に出ると、うげぇ〜!というくらいに暑い!そこでまた疲れがどっと押し寄せてきて、不機嫌になる。なんでこんなに暑いかなあ。帰ったらもうすっかり秋じゃ寂しいなあなどと余計なことを心配していたのが馬鹿らしい。

夕方到着だったので、途中で夕食でも食べたいところだが、疲れてるし、暑いし、頭痛はひどいしで、まっすぐ帰宅。

サンフランシスコ→東京・新宿まで5734歩。

「夕食は?」

って、帰ったらすぐ主婦ってのが嫌よねー。
とても作るどころの話じゃないので、お寿司をとって食べた。やっぱり日本のご飯がいちばんおいしい。全然食欲ないなどと言っていた割に、ペロリといった。

明日は山のような洗濯物と格闘しなければならない。すでに24時間は起きているのだけれど、全然眠れない。仕方がないのでネットなど開いて、明け方寝ようと思ったら、アポロ13号も起きていた。

「時差ボケだね」

といいながら、二人でDFSで買ったビーフジャーキーをつまみに、これまたDFSで買ったオールド・パーを飲んだ。今回はいろんなところに行ったけれど、やっぱり一都市滞在で、のんびりしたほうがいいねということで意見が一致した。大陸をあちこち歩きたいと思っていたが、やっぱり私はプラスチック・パラダイスのハワイでいい。ていうか、ハワイでぐうたらがいいやー!
| schazzie | [旅]San Francisco | 23:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
ゴールデンゲート・ブリッジ&フィッシャーマンズ・ワーフ
<第六日目>

今日はきれいに快晴!霧もなし。ここまで晴れるのは、サンフランシスコでは珍しいらしい。今日はオプションもとっていないので、丸1日自由。ゴールデンゲート・ブリッジとフィッシャーマンズ・ワーフに行く予定。まずはゴールデンゲート・ブリッジへ。

今回の旅行ではなるべくタクシーを使わず、バスや電車などを利用しようと思っていたので、ホテルのフロントでゴールデンゲート・ブリッジに行くにはどうしたらいいのか聞いたところ、昼間でも危ないと言われている交差点の角にあるマクドナルドの前で、28番の「ゴールデンゲート・ブリッジ・トランジット・バス」というのに乗れとのこと。あ、あそこから乗るのか・・・とちょっとびびったが、なるようになれ!というわけで、出発。

行きは向こう側のサウサリートまでバスで行き、帰りに歩いて橋を渡ろうということになった。料金は$2.65だったので$3出したところ、「お釣りはない」と言われ、しばらく意味がわからなかった。日本ではお釣りがないなんて絶対有り得ないことだから、何言ってるの?という感じで、すぐには理解できなかったのだ。$5札とか$10札でもそうなんだろうな。アメリカではお釣りがあると思っちゃいけないらしい。

橋の手前で「ダグラス・マッカーサー・トンネル」を通り、サンフランシスコの道や場所には、人名が使われているのは知っていたが、マッカーサーもあったんだ!とちょっと喜ぶ。しかし、一度通れば済むはずのこのトンネル。その後何度も往復することになろうとは!まさに「I shall return!」だ。

だが晴れ渡っていたのは、そのトンネルまで。
トンネルを抜けると、そこは霧だらけだった!ゴールデンゲート・ブリッジが、霧で全然見えない。山から流れ出る霧が、見事に橋を覆い隠してしまっているのだ。霧は生き物のように移動して、海に流れ込んでいる。橋が見えないのもショックだが、この霧の流れにすさまじい力を感じて、これはこれでまた仰天ものだった。写真を撮ったら、ちゃんと霧が動いている様子も撮れていた。ああ、びっくり!

ところが、バスに乗ってから約20分、向こう側のサウサリートに着いたら、素晴らしい晴天!なんという違いだろう。でも、相変わらず橋は霧で見えない。展望台でしばらく眺めていたが、サンフランシスコの町のほうは見えているのに、橋だけ見えないのだ。曇天のもとで見る海の色とはまた違って、海も蒼くきれいに見えているというのに、もうあっけにとられて呆然としていた。それでも仕方がないので、とにかく橋を渡り始める。

橋の上は強風と聞いていたが、それは嘘ではなかった。かなりの風が吹いており、そしてまた霧も容赦なくまとわりつく。着ていたパーカーを襟元までぴっちり閉め、フードをかぶり、サングラスをかける(風と霧のために目を開いていられないので)という怪しい姿で、ひたすら歩く。車がひっきりなしに通っているのに、橋はびくともしない。橋げたも巨大でがっしりしていて、思っていたイメージよりもずっと雄大だ。頑丈なんだねと言うと、だから地震に弱いんだという話。なるほど。

霧の大移動も徐々におさまってきたのか、橋の上から海も見えるようになったし、橋げたのてっぺんも見えるようになってきた。霧の中で霧笛がボーっと響き渡る。いつも鳴っているのかと思ったら、霧笛というだけに、霧が出ているときだけのようだ。霧で見えないのは困るが、霧笛が聞けたのは逆にラッキーだったかも。

ところで、たまに立ち止まって海を覗くのだが、重度の高所恐怖症になってしまったアポロ13号は、ここでも下を覗けなかった。欄干に近づくことさえできない。そう、ラスベガスのあの絶叫マシンに乗ったせいだ。情けないったら!(^^;

そうして歩くこと40分。やっと渡りきった時には、徐々に橋が姿を現してきていた。それでもまだ全体は見えない。

ゴールデンゲート・ブリッジ片道4140歩。

次はフィッシャーマンズ・ワーフだが、さきほど乗ってきた28番のバスが、そこまで行っているはず。これが実は落とし穴だった。同じ28番でも、同じバスではないのだ。ちゃんと何行きか確かめないと、また来た道を戻ることになる。ところがそれを知らずに、とにかく28番に乗ればいいと思っていた私たちは、結局3度も「ダグラス・マッカーサー・トンネル」を通ることになってしまった。おかげで、時間がなくて行けないと思っていたゴールデンゲート・パークに立ち寄ることができたのは、不幸中の幸い。しかしあまりにも広すぎるため、入り口だけちょこっと歩いたのみ。

さてフィッシャーマンズ・ワーフに着くと、私のサンフランシスコのイメージは一変。暗くて狭苦しい町というイメージは、明るい太陽と美しい海のおかげで、だいぶ改善された。彼方に見えるのはアルカトラズ島。ザ・ロックだ。海の近くに来ると、やっぱりわくわくする。根っからリゾート向きの性格らしい。気温も高く、暑くなり、海で遊ぶにはちょうどいい。ここまで来たら、霧もすっかり晴れ、ゴールデンゲート・ブリッジの全貌もくっきり見えた。

食べ物に恵まれなかった今回の旅行だが、フィッシャーマンズ・ワーフなら、いくらかましなものもあるよねというわけで、早速レストラン探し。昨日のガイドさんに、クラムチャウダーのおいしい店(ピア39にあるネプチューン・パレス)を聞いておいたのだ。

そこまで行くのに、だいぶ歩いた。となれば途中であちこちひっかかるのはしょうがない。ふと入った店で、シュワちゃんの「T2」の額入りフォトを見つけてしまい(カックイイー!)、とんでもなく邪魔な荷物になるのは重々承知で、それを購入。$26.95なり。

ところで、そこの店のオニイサンがずっと私を見ていたのだが、いきなり「アーユージャパニッシュ?」と聞いてきた。ジャ、ジャパニッシュってなに?とにかく日本人か?と聞いているんだろうから、そうだと答えると、「アナタハイイデスネ!」と日本語できた!むむむ、ほんとにイイと思ったのか、ただ日本語をしゃべってみたかっただけなのか・・・。とりあえずわたしも日本語でありがとうと言っておいた。

そうしてやっとネプチューン・パレスに着き、ダンジネスクラブのガーリック炒めパスタ添えとクラムチャウダーを食べる。もちろん今回の旅行では、一番ましな食事。でも・・・せっかくだがやっぱりたいしたことはない。チャウダーにはうるさい私だから、フィッシャーマンズ・ワーフで一番おいしいと言われ、ナンタラ賞とかも貰っているお墨付きのチャウダーでも、納得はできなかった。日本にはもっとおいしいクラムチャウダーがあるし、この私でさえ、もっとおいしく作れるぞ!ってな感じ。

カニに至っては、イタリアンなのだけどバターで炒めてあるため、すっごくしつこくて、翌朝までお腹が減らなかったくらい。小エビのサンドイッチも食べたかったのに、胃がもたれちゃって、ぜんぜん食欲がわかなかった。そもそもあのカニ自体、あんまりおいしいものではなさそうだ。いずれにしても、せっかくの海の幸でも、アメリカ人にはその旨みを引き出す能力がないらしい。もったいないことだ。

でも、ネプチューン・パレスのマルガリータはおいしかった。普通マルガリータにはライムを使うけれど、そこのはオレンジが使ってあってさっぱりしており、あまり酸味の強いお酒は好きでない私にとっては、オレンジ・マルガリータは絶品だった。

お腹もいっぱいになったので(もたれてるが)、ベイクルーズでもしようかということになり、$10でゴールデンゲート・ブリッジとアルカトラズ島を回ってくれるという船に乗ることになった。大きなフリート船だと$20近くするのだけれど、どうせ行くところは一緒!と思って小さい船にしたのが間違い。潮の流れの速いサンフランシスコ湾は、波が荒く、まるでジェットコースターに乗っているみたいだった。めちゃ怖いー!それに大きな船の後になると、その航跡でもっと波が大きくなるのだ。うげげ!でも、これを利用して、ウインドサーファーたちが見事なジャンプを披露してくれた。ブラボー!

それでも、ゴールデンゲート・ブリッジの下をくぐり、アルカトラズを回る行程は面白かった。海はきれいだったし、風も冷たかったけれど気持ちがよかった。アルカトラズに降りたわけではないが、かなり近くまで寄るので、十分に見ることができた。

船を下りてから、近くのバーで一杯。あれ?もしかしてアメリカに来て初めてバーに入ったのかも。だいたいどこに行ってもバーには必ず行くわけで、全然酒場に行かないなんてことは珍しいことだ。でも、飲みに行こうという気持ちがおきないほど、恐怖のほうが大きかったというわけだろうか。ていうか、毎日疲れ果ててたというほうが正しい。ベッドに入って本を広げても、1ページどころか2、3行で、もう寝ているという毎日だった。

それからおみやげを見て歩き、大笑いグッズをゲット。オサマ・ビン・ラディン印「地獄の火で焼かれろ!」ホットソースと、ホテル・アルカトラズ(全室オーシャンビュー、大きなダイニングルームでの食事、魚は食べ放題、全室バー完備、ファーストクラスのセキュリティ)のキーホルダー。ちなみに、ホテル・アルカトラズのバーとは、酒場のことではなく鉄格子のこと。

帰りはケーブルカーに乗って・・・と、アポロ13号はすでに帰り支度。でも、私には買い残したものがある。もう疲れたから嫌だというアポロ13号を残し、ひとりで店を探し回った。FBIのパーカーとNYPD(ニューヨーク市警)のTシャツ。無事ゲット!<どこに行ってきたのよ!
これを着て、ストイックに運動するのだ!わはは!
でもどうせなら、ニューヨークの消防団Tシャツのほうが良かったかな・・・。

いよいよ最後のお楽しみ、ケーブルカーに乗車。それにしても名物だけに、ディズニーランド並みの長蛇の列。日も暮れて、ゴールデンゲート・ブリッジに夕日が映えてきれいだ。宵の明星も明るく輝き、ふといい気分だなと思ったら、だれかがギターを弾いて歌っている。けして上手じゃないのに、妙に心をくすぐる暖かい音楽だ。いいな、こういうのは。他の人たちもみな同様に思ったらしく、次々にお金を入れている。だいぶ集まったみたいだ。そういう私も$1。

やっとケーブルカーに乗ったはいいけれど、満員なので立っていたところ、前に座っていた南米系らしい男性が、席を譲ってくれた。私ってそんなに年寄りに見えたんだろうか?それとも体が弱い人とか?身体障害者だとか?なんていぶかりながらも、疲れていたので有難く座らせてもらった。

ところが、これが仇となり、逆にめちゃくちゃ疲れて死にそうになった。なにしろスキー場の急斜面みたいな坂を上り下りするわけだから、そのたびに体が左右に傾き、手には荷物がいっぱいだから、つかまるわけにもいかず、かといって両隣の男性にもたれかかるわけにもいかず、体を思いっきり硬直させて、懸命に踏ん張っていたのだ。降りたときには精魂尽き果て、もう一歩も動けないというくらいに疲れ果てていた。立っていればどこかにつかまることができたはずで、踏ん張るにしても足が使える。座っているとそうもいかないので、全身がつりそうなくらいに硬直していたのだ。

やっとのことでメイシーズの前まで来て、ホテルの送迎バスを待ち、くたくたになってホテルに戻る。途中のマーケットでサンドイッチを買ってきたのだけれど、カニがまだもたれていたし、疲れ果てて食欲もなかったので、結局食べずじまい。明日の出発は11時半頃なので、荷物を詰めるのは明日でも間に合う。

なのでシャワーを浴びるやいなや、アズ・スーン・アズ、ベッドに倒れこむようにして寝た。爆睡!

本日の総歩数17761歩。
| schazzie | [旅]San Francisco | 23:51 | comments(0) | trackbacks(0) |
モントレー&カーメル
<第五日目>

今日はモントレー&カーメルに行く予定。
8時にガイドが迎えに来ることになっていたが、ホテルでPCを借りるために、早めにフロントへ。10分間の使用が許される。

わくわくして、いざPCを開いてみると、うげげー!日本語フォントが入っていないため、日本語は全部文字化け!それでも自分のサイトは何がどこにあるか熟知しているから、とりあえず「日刊・知的ぐうたら生活」らしきところをクリック。すると日本語フォントをダウンロードしますか?というのが現れたので、即DL。やっと読めるようになった。そこで、みなさんの「お留守番ダイアリー」を有難く拝読。

さてこちらも何か書き込もうと思ったら、フォントをDLしても、書き込みは日本語でできない。ううむ・・・。仕方がないので、拙い英語で書き込む。なにしろ10分間だから、そうそう考えている暇もない。それからダイレクトにレスが返ってくるであろうと思われるチャットに出現して、終了。これだけのことなのに、なんだかドキドキした。(^^;

さて、モントレーには総勢5人で車で出かけた。
行程は以下の通り。

シリコンバレー(通過)
ギルロイ(休憩、トイレのみ)
モントレー(休憩・買い物、海岸とスタインベックの像やその作品『キャナリー・ロウ』を模した店、バッバ・ガンプ(フォレスト・ガンプの店)などを見物、約40分)
バードロック(海岸にてあざらし、リスなど見物)
ローンサイプレス(展望台で見物)
ペブルビーチ(「エデンの東」のモデルになった砂浜、写真撮影のみ)
ペブルビーチ・ゴルフリンクス(全米オープンが開催されるクラブ)
カーメル(昼食・買い物、約2時間)
ギルロイ・アウトレットセンター(買い物、約1時間)

このスケジュールは非常にタイトで、モントレーはとても気にいったのに、40分しかいれず、朝食を食べていなかった私は、ホットドッグを買って食べるだけでおしまいになってしまった。グランドキャニオンも今回の目的のひとつだったが、楽しみにしていたのは、実はこちらのモントレーのほう。もう少し滞在したかったと悔しい思い。今度来るときは、「モントレーステイ1週間にしよう!」と思った次第。結局私は都市は合わず、リゾート地のほうが向いているようだ。こういったきれいで静かなところに来ると、落ち着く。サンフランシスコには戻りたくない気分だった。

ところで、ホットドッグ売りのオニイサンが、あのサッカー選手のベッカムみたいな青年だった。私はベッカムは好きでなく、ドイツのオリバー・カーンのほうが断然好きなのだが、実際にベッカムに見つめられたら、ちょっとドキっとするかも。ホットドッグ売りの青年でさえ、ドキっとしたもの。これでカーンに(あるいはシュワちゃんに)見つめられたら、きっと昇天!(^^;
ちなみに、このホットドッグは、アメリカに来てから一番おいしい食べ物だった。やっぱりアメリカの食べ物はホットドッグに限る!

それからペブルビーチは砂が真っ白で、こちらも非常に美しい。こういう所で長く遊んでいたかったのに、どうも日本人のツアーというと買い物が主になってしまうようで、時間をとるのは買い物のできる場所なのだ。写真を撮るだけ・・・って、ほんとに1、2枚撮っただけで、すぐ出発。後ろ髪を引かれるとはこういう場合にいうんだな。アポロ13号、ここで砂を拾う。グランドキャニオンの石といい、ペブルビーチの砂といい、そういう趣味だったのかと改めて知る。きっと甲子園の土も持って帰るタイプなんだろう。

ペブルビーチのゴルフクラブは全米オープンで有名だが、あの「海越えの18番ホール」は、ゴルフ好きでなくても知っているかも。実際にそこを見たら、プロがいかにすごいかを実感する。ここも海沿いの非常に美しいゴルフ場で、ゴルフマニアのアポロ13号は、大喜びだった。

ここからカーメルまでは、ほかにもゴルフ場がたくさんあって、道路から眺められるのだが、野生の鹿やリスなどが平気でグリーンにいる。こちらの鹿はやはり彫が深いのだろうか、バンビという感じでかわいい。宮島の鹿とは大違いだ。

さて、カーメルに着くと昼食。ガイドの案内してくれた店でマヒマヒを食べたのだが、


うげぇー!


サラダのドレッシングも超甘いし、マヒマヒのソースもスーパー甘い!デザートのケーキに至っては、ウルトラ甘い!全部甘いっ!しかも、私の嫌いな香草が全部に使ってある。この店はオーナーがフランス人で、コックがメキシコ人らしいのだが、どうやったらこんなにまずいものが作れるのだろうか?人間の食べ物じゃないぞ!どうしても味を想像したい方は、ディズニーシーのユカタン・キャンプ(だったか?)のチキンを想像してほしい。あれを極端に甘くして、まずくしたようなもの。でも、周囲のアメリカ人だかヨーロッパ人だかは、みんなおいしそうに食べてるなあ。。。やっぱり外人は味覚オンチなのか?それとも、私が世界標準じゃないのか?

私は奥の手を出して、大事に抱えていったおしょうゆをかけてみた。おしょうゆ味ならとりあえずオッケーの私。これをかければいくらかましになるはず!だが、この魔法の調味料をもってしても、どうすることもできなかった。こんなにまずいものは食べたことがない!ってくらいに、正真正銘まずかった。ていうか、ほとんど食べられなかった。

それからしばらく買い物。といっても、買いたいようなものは全然なく、本屋があったので入ってみたが、とりたてて触手の動くものはなかった。海の気配がするので、そちらに行ってみたかったが、道がわからず断念。通りに小さな図書館があったので、どんなものか覗いてみたら、ゆったりした木の椅子と机。無機的な東京の図書館とは全然違う。こんなところで日がな1日本を読んでみたいと思った。うらやましい限り。

帰りはギルロイのアウトレットで買い物。日本人観光客はここがメインなんだろうなと思ったが、時間は1時間しかないので、服などは試着する暇もないから、結局何も買えず、母におみやげを買っただけ。

ここでむかついたのが、COACHの店員の態度。日本ではお客様は神様だが、アメリカでは品物を持っているほうが偉いようだ。店員同士でおしゃべりしていて、なかなかやってくれないし、手際も悪い。おしゃべりしているから、包装紙は破くし、とにかくスローモー。それでよく勘定を間違えないわね!という感じだ。これはこの店だけでなく、他のところでもそうだ。開拓時代の酒場かなにかで「お前に売る酒はない!」なんて言ってる場面を思い出し、そういう精神なのか?と思った次第。

サンフランシスコに戻ったのは、夕方の6時頃。サマータイムなので、8時過ぎないと暗くならないから、なんとなくまだ早いような気がする。ユニオン・スクエアに着き、今日はどうしても本屋に行きたかったので、そこで降ろしてもらった。ユニオン・スクエアのディズニー・ショップの先に、大きな本屋があるらしいのだ。

行った本屋はBORDERSという本屋。アメリカ第二位の書店チェーンとのことだが(ホームページはAmazonと共有になっている)、4階建てのビルで、私が想像していた古めかしい本屋ではなかった。本も、ほとんどがAmazonで買ったほうが安いし、ペーパーバックなら紀伊国屋のバーゲンのほうが安いだろう。日本で買うと高いものといえば、児童書だ。そこで、児童書コーナーを見てまわる。Betsy-Tacyのハードカバーなんか、すっごくかわいいし、American Girlsシリーズなんかも揃っていて、うれしくなる。

ふと目についたのが、ジョーン・エイキンの本。これは日本でも売っているが、イラストがエドワード・ゴーリーのものは初めて見たので、これを買うことにした。レジで並んでいると、ハリー・ポッターのパロディ本があって、「絶対買って!」と言っているじゃない!もちろんよ!と連れて帰る。それと、ここでも『指輪物語』のしおりが!これも追加。(買った本の詳細は8/29の日記にあります)

本屋で機嫌も良くなり、さて、問題の夕食の時間。周囲の店を見回すも、どうせまずいんだろうなと思うと、どうにもこうにも食欲がわかない。そこで、近くにスーパー・マーケットを見つけたので、そこでサンドイッチでも買うことにした。

ところで私は文房具大好き(しかもチープなもの)なので、ここでも大喜び!太字のブルーのボールペンを山ほど購入。ペーパーメイトのボールペンは、日本で買うと1本200円くらいするのだが、ここではなんと!10本で$2.99だ。

今日は昨日のように怖い思いをしたくないので、メイシーズの前でホテルの送迎バスを待って帰った。サンドイッチ?もちろんまずかったですとも!

ついでに伝説の「青いコーラ」(ペプシのブルーコーラ)を買って飲んでみたのだが、ブルーベリー味というんだろうか?気持ちが悪くなった。グラスを洗っても、匂いがとれないほどきつい!ブルーベリーだからって、わざわざ青い色(ブルーキュラソーの色)にしなくたって・・・。そういうチープな感覚はけして嫌いじゃないが・・・。

小耳にはさんだ噂では、今後ペプシが「ブルー」を独占するそうな。でも、青い色の飲み物は、あれでやめてほしい。

本日の総歩数11271歩。
| schazzie | [旅]San Francisco | 23:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
ラスベガス→サンフランシスコ
<第四日目>

今日はラスベガスからサンフランシスコへ移動。
8時にホテルを出発。

実は私はホテルのボールペンのコレクターなのだが、このホテルにはボールペンが置いてなかった。以前バハマに行ったときにも置いてなくて、延々20時間以上もかけてやってきたのに・・・と思ったら、倒れそうだった。

今回は、黙って引き下がるわけにはいかん!と思い、チェックアウトの時に、目をうるうるさせながら、カウンターのおじさんにお願いしてみた。

「私ははるばる日本から来たものです。じつは泊まったホテルのボールペンを集めているのですが、どうか1本いただけないでしょうか」

おじさん、何にも言わず机の引き出しを開けて1本くれた。日本人て変なものを集めるんだなと思ったに違いない。でも、知らないおじさんにどう思われようが、目的を果たすほうが重要だ。ともあれ、サンキュー・ベリー・マッチ!リアリー・アプリシエイト!だ。XXX←キスの印

今朝も早かったので、朝ごはんは空港のバーガーキングでチキンサンドとコーヒー。周りを見渡すと、かなりの年寄りがハンバーガーを食べ、コーヒーを飲んでいる。これは体に悪いよね・・・なんて気の毒になりながら、さらに見渡すと、中年のビジネスマンが嬉々として、おっきなハンバーガーにかぶりついている。すごくおいしそうだ。コーヒーは2杯分確保している。アメリカの味って、やっぱりこれなんだろうな。私たちがご飯と味噌汁を欲するように、彼らはハンバーガーとコーヒーなんだな。。。やっぱり体に悪いよ。

ところで、昨日はお昼にグランドキャニオンのホテルのブッフェで食事をしたあと、夕食はラスベガスのフォーラム・ショップスの中でメキシコ料理を食べた。どちらもまずかった。今日のチキンサンドのほうがまだましだ。とにかくアメリカは、レストランに入って食事しちゃいけない国だ。

さて、再びルーズなアメリカン・ウエスト航空に腹を立てながら、サンフランシスコに到着。ラスベガスからサンフランシスコまで2860歩。

サンフランシスコは曇りで肌寒く、町は狭くゴミゴミしていて、イメージしていた印象とは全然違った。海も灰色で、なんとなく物哀しい雰囲気。「カリフォルニアの青い空」は、ロスのほうか・・・と勘違いしていたことに気づく。街を行くひとたちの格好はさまざまで、Tシャツに半ズボンの人もいるが、オーバーやコートを着ている人もいる。実際、今日の気温は要コートだ。

私たちが泊まるホテルシビックセンターの近くの7th Streetにあった。実は隣の6th Streetは、サンフランシスコで最も危険な地区。出かけるときは、ユニオン・スクエアまでホテルの送迎バスがあるので、それで移動するようにとのこと。へええ、そうなんだ・・・、とこの時まではひと事のように思っていた。

ともあれ、今日は「おいしいもの」を食べに、チャイナタウンに行きましょうということになり(食事に困ったら中華!と言われているから)、ユニオン・スクエアまでバスに揺られ、そこから坂を登ってチャイナタウンへ。ところが、横浜の中華街のようなところを想像していたら、これもまた全然違って冴えない場所。とにかく汚い。売っているおみやげは横浜と大差ないが、すべてが日に焼けてほこりっぽく、食欲の失せる町だ。

さんざん歩き回った末、金龍か金鳳かと迷い、ドラゴンではなくフェニックスのほうを選んで入った店は、料金だけは一流だが、中はなんとも寂しい料理店で、味も中国っぽいし(嫌いな香辛料が入っているという意味。これって台湾料理?)、大雑把だし、中華料理の旨みというのがない。あああ、横浜のほうがなんぼかいいわ・・・とため息。この後、ここで食べたアサリのせいで、下痢になる。うげげ!

外は木枯らしのような風が吹いて非常に寒く、見物がてら歩いて帰ろうと歩いたはいいが、長袖のカーディガンを着ていても、凍えそうだった。ユニオン・スクエアを過ぎて7th Streetに入ると、もう暗い雰囲気が漂い、そこここにかたまっている黒人が怖い。あちこちで奇妙な叫び声が聞こえたり、暗がりに目と歯だけが白く浮かび上がっていたりして、ぞっとする。いつ襲われるかと思って、生きた心地がしなかった。

なにも黒人、いやアフリカン・アメリカンの全部が凶悪というわけじゃない。例えばバハマなんかはほとんど黒人だけれど、命の危険を感じるといった怖さはない。ともかく、ここはサンフランシスコの危険地区なのだ。あとで聞いたところ、7th Streetも十分危険だとのこと。昼夜関係なく、何があるかわからないと言われ、知らずに歩いたことを後悔し、何事もなくてよかったと心底ほっとした。危険地区だけでなく、繁華街であるユニオン・スクエアでも同様。街角にたむろするホームレスの黒人は怖い。

これ以降、私たちは外に食事に行くことさえもできなくなる。ちょっと一杯も無理。出かける場合は、必ず送迎バスで!というわけだ。

本日の総歩数9439歩。

夜中に、けたたましい笑い声と叫び声が聞こえてきて、それがしばらく止まない。どこの国にもバカはいるのだなと思っていたら、ホテルの人が注意しにきた様子。それでもしばらくは騒ぎがおさまらない。たぶんドラッグでもやっていたのだろう。

公共のトイレには、必ず注射針を入れる箱があって、サンフランシスコには重度の糖尿病の患者が多いのかしら?なんて思っていたら、ドラッグはそううるさくないが、一番怖いのはエイズなので、使用済みの注射針は、けっしてそのへんに捨ててはいけないということになっているそうだ。しかし、その針の数といったら、その辺にいる人がみんなドラッグ中毒でもおかしくないというほどの数だ。サンフランシスコってクレイジーだな。

明け方、うるささに部屋のドアを開けてみると、まるで生き物のように、霧がドアまで迫ってきていた(このホテルはドアが中庭に面している)。大気中をゆっくり漂う霧には意志があるようにも見え、この霧をモチーフに、ホラー小説でも書けそうな雰囲気。不気味。
| schazzie | [旅]San Francisco | 23:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
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アメリカ南部―大国の内なる異郷
アメリカ南部―大国の内なる異郷 (JUGEMレビュー »)
ジェームス・M. バーダマン, James M. Vardaman, 森本 豊富
わが心のディープサウス
わが心のディープサウス (JUGEMレビュー »)
ジェームス・M・バーダマン, スティーブ・ガードナー, 森本 豊富

※ブログ内の記事の一部は、上記の本のほか、講談社刊『クロニック世界全史』、地球の歩き方『アメリカ』を参考・引用させていただいています。




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